年金訴訟 札幌地裁で原告敗訴
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こんにちは。伊川です。

下手の横好きで、Excel、ACCESSをレクチャーしていますが、法律も好きです。

それで、今回は、年金訴訟についてお話します。

その前に、憲法を知らないと説明できないので、簡単に憲法のお話をします。

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憲法とは

 

憲法とは、国民と国家の約束なんていますが、なんのこっちゃわかりません。

歴史上では、国家が国民を食い物にしていたわけですよ。ルイ王朝、ロマノフ王朝。

何も持たぬ者は、虐げられ、搾取の的になるが、何も持たぬゆえに、王を討つことができる。(利根川先生のお言葉)


それで、革命が始まり、国民の人権、つまり、人間として生きる事を国家が保障したのす。それが憲法です。

その中で、国家からの自由や、国家による自由があり、今回の件は、国家による自由のお話です。

国家による自由には、教育を受ける権利、労働基本権、そして今回の生存権があります。

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日本国憲法第25条

日本国憲法第25条第1項

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

第2項

国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

このまま読むと、この健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有するとあり、貧乏人が貧乏人でなくなる可能性があるわけです。じゃ、国家に対して「俺は貧乏だから、もっとお金をくれ」といえるのか?


これが問題になります。

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朝日訴訟

 

これは、高校の教科書で必ず記載されている内容です。私も勉強しました。

結核患者である原告(朝日茂さん)は、日本国政府から1カ月600円の生活保護による生活扶助と医療扶助を受領して、国立岡山療養所で生活していたが、月々600円での生活は無理であり、保護給付金の増額を求めたというのがあらましです。

東京地方裁判所は、日用品費月額を600円に抑えているのは違法であるとし、裁決を取り消した(原告の全面勝訴)

東京高等裁判所は、日用品費月600円はすこぶる低いが、不足額は70円に過ぎず憲法第25条違反の域には達しないとして、原告の請求を棄却した(原告敗訴)

最高裁の判断

 

結論から言うと原告敗訴

最高裁の判旨は下記の通りです。

「憲法25条1項はすべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に具体的権利を賦与したものではない」とし、国民の権利は法律(生活保護法)によって守られれば良いとした。「何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、厚生大臣の合目的な裁量に委されて」いる、とする。

つまり、

日本に住んでいたら、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利があるけど、国家に対して「俺は貧乏だから、もっとお金をくれ」とはいえない。だって生活保護制度があるじゃない。ってことになりました。

つまり、プログラム規定ということになりました。プログラム規定は、書いてあるだけで約束はしなって事です。な、な、なんと


本来ならこうなります。

今後の展開

 

札幌地裁の年金減額の判旨について下記の通り

「生存権は公的年金制度のみによって保障されるものではない」とし、減額を決めた国に明らかな裁量権の逸脱や乱用があるとはいえないと判断した。

結構、生存権について、訴えている人はいるものの、ことごとく原告側、つまり国民が敗訴。

それは当然ですね。裁判所が、生存権に違反したと判決を書いた場合、その金はどっから来るの?ってなりますよね。

せっかく通した予算もまたやり直し、判決が変わるたびに、国会が召集され、それこそ、税金の無駄使いです。

だから、憲法を改正しないければならないのです。そうすると、憲法改正反対といって、年金受給者の世代が一番騒いでいるのも事実です。

憲法9条を改正しても、日本は戦争なんてしないし、ましてや、侵略戦争などするわけがない。

近代国家にふさわしい、憲法を作ろうというのは、当然のことだと思う。

まー、具体的な政策など、なにも提示できず、与党に反対しかいえない野党はどうしようもないですね。

 

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