
赤と黒、そして青い空──テスコガビーとリバティアイランド、夢の桜花賞
2023年、リバティアイランドは牝馬三冠を制し、名実ともに“完成された女王”となった。
その一方で、1975年の桜花賞を破壊的なスピードで制した伝説の快速牝馬──テスコガビーの名を、今も忘れない者がいる。
赤い稲妻と、黒き覇者。
もし、彼女たちが同じ春に、同じゴールを目指したなら──その結末を知るのは、ただひとつ。この青い空だけ。
目次
テスコガビー。
リバティアイランドが安楽死──
最近の競馬ファンを、驚かせたニュースだ。
話は変わるが、志村けんさんが亡くなったとき、俺は悲しかった。
しかし、なぜか不自然と、寂しさはなかった。
なぜなら、志村けんさんのコントは、今も動画で観られるからだ。
リバティアイランドの桜花賞を観たとき、ふと思い浮かんだ馬がいた。
──そう、テスコガビー。
テスコガビー──
1970年代、赤い帽子をかぶった快速牝馬。
「赤い稲妻」と呼ばれた、伝説のスピードスターだ。
桜花賞──
ただ勝ったのではない。"破壊"するように、レコードタイムで制圧した。
名実況・杉本清アナウンサーが絶叫する。
「後ろから、なーんにも来ない!」
「赤の帽子、ただ一つ!」
「テスコガビー、本当に強い、これは恐れ入った!」
こんな実況を、あの杉本さんに言わせた馬が、ほかに何頭いただろうか。
あのときの衝撃──
あの圧倒的な速さ──
それは、今も胸の奥に、焼き付いたままだ。
テスコガビーのすごさ。
血統や戦績を並べても、
本当に「どれだけすごかったか」は、伝わりにくい。
だから、エピソードで語ってみたい。
テスコガビーは、デビュー前から「牡馬に勝る力を持つ」と噂された牝馬だった。
しかし2歳時、脚部不安のため、
現在でいう朝日杯フューチュリティステークス(旧・朝日3歳S)は回避している。
転機となったのは、共同通信杯。
ここで、テスコガビーの「剛腕」が世に知られることになる。
勝ったのは、カブラヤオー。
あの年の日本ダービーを、逃げ切りレコードで制した名馬だ。
カブラヤオーは、
「他の馬を怖がる」ため、常に逃げるスタイルを貫いていた。
そんなカブラヤオーに対して──
テスコガビーは、あえて先行を譲った。
後方に控え、ラストで豪快に追い込むという「真っ向勝負」を仕掛けたのだ。
結果は、首差の2着。
だが──
あのカブラヤオーに堂々と戦いを挑み、
しかも首の上げ下げの勝負に持ち込んだ。
これは、
今の牝馬にはなかなかできない、豪傑すぎるエピソードだろう。
阪神4歳牝馬特別では、単勝支持率88%。
単勝オッズは「100円」(=圧倒的1番人気)。
まさに──
赤い稲妻。
と呼ぶにふさわしい存在だった。
夢の桜花賞──リバティアイランドとの邂逅
2020年代に現れた白い怪物、リバティアイランド。
2023年、牝馬三冠をすべて圧勝。
あまりにも完成された走りに、人は思った。
「この馬に勝てる牝馬なんて、いない──」
だが。
あのテスコガビーなら、どうだろうか。
赤と黒。2頭のスピードスターが並ぶ桜花賞
舞台は、阪神競馬場。
桜が舞う季節。
1番人気は、もちろんリバティアイランド(2枠=黒)。
だが、2番人気には、赤い帽子の伝説──テスコガビー。
スタートが切られる。
ロケットのように飛び出す、テスコガビー。
それを、後方から静かに見つめるリバティアイランド。
赤と黒。
一方は剛腕の逃げ。
一方は涼しい目の差し脚。
桜の風を切り裂いて、2頭が直線へと飛び込む。
決着──勝者を知るのは
スタンドが揺れる。
歓声がうねる。
そして、沈黙。
赤と黒の帽子が、
同時にゴールを駆け抜けた。
──勝者を知るのは、ただひとつ。
この、青い空だけだ。
春の阪神競馬場。
空に浮かぶ、ひとひらの桜。
果たして、夢をかなえたのは。
赤か。
黒か。
それは、読者ひとりひとりの胸の中に──。
豪快な、逃げと、豪快な、追い込み。
競馬ファンなら、きっと、豪快な追い込みのリバティアイランドを観たいと思った。