その瞬間、台地が弾んだ──最強牝馬ウォッカの真実
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安田記念といえば──それは、ウォッカだ

「ウォッカ」という馬名を聞いたとき、俺は正直こう思った。

その名が『ウォッカ』というのは、強すぎて冗談のようだった。

オーナーの気まぐれだったのかもしれない。父はダービー馬・タニノギムレット。
その名の由来は、レイモンド・チャンドラーの名セリフ──「ギムレットには、まだ早すぎる」から来ているという。

ウォッカの名は、そこからの派生だろう。
ギムレットより強い酒、それがウォッカ。
そして、世界最強の酒といえば、アルコール度数96度のスピリタス。火がつくほど強烈な酒。

ウォッカという牝馬も、まさにそれにふさわしい強さを見せた。

栄光だけではなかった──ダービー後のウォッカ

史上初、64年ぶりの牝馬によるダービー制覇。だがその後、成績は決して安定したものではなかった。

牝馬という身体的な特性──腹回りに脂肪がつきやすい。
それは水泳でも明らかで、皮下脂肪がパフォーマンスに影響を与えるのは避けられない。

ダイワスカーレットとの天皇賞での死闘は、まさに牝馬同士の頂上決戦だった。

そして舞台はドバイへ。世界の壁は高く、5着、7着という結果。
2度目の挑戦も結果は変わらず、引退の声がささやかれ始めた。

だがその直後──ビクトリアマイル。
牝馬相手に、なんと7馬身差での圧勝。
この勝利が、ウォッカの「再点火」だった。

牝馬という存在、そしてウォッカは例外だった

牝馬は、負けても価値がある。
産むことができるからだ。
一方で、牡馬は負ければ種牡馬にもなれず、すべてを失う。

だから俺は、牝馬が人気のレースでは、牝馬の単勝を買わない。
ウォッカがダービーを勝った日も、馬券は買っていない。
自分のスタンスを崩したくなかったからだ。

でも、そんな俺が、唯一心から応援できた牝馬──それがウォッカだった。

2009年、再び歴史を動かす──安田記念

1番人気のウォッカ。だが俺は、やはり買わなかった。
すでに価値ある馬。負けても牝馬としての役目は果たせる。だから。

だが、あの4コーナーの動き──

インの密集地に入り込んでしまい、絶望的な位置。
「やっぱりダメか」と思った、あの一瞬。
けれどウォッカは、もがきながら“待っていた”。

ダービーの時、四位騎手が言った「光の道が見えた」という言葉。
きっと、ウォッカにも見えていた。

──光の道を、もう一度。

前が空いた瞬間、台地が弾けた。
歓声が空気を切り裂く。
歴史が、再び塗り替えられた。

ウォッカは勝った。
そして、競馬の神様に、2度愛された瞬間だった。

ウォッカから、アーモンドアイへ──牝馬時代の幕開け

その後のウォッカは、1着こそ逃したが、ジャパンカップでは鼻差での勝利。

鼻差──でも1着だ。
神様が、もう一度微笑んだ。3度目の愛。

俺の中で、それまでの価値観が崩れた。

「牝馬は、G1の主役にはなれない」
そう思っていた俺が、アーモンドアイの馬券を買えるようになったのは、
ウォッカが、その“神話”をぶち壊してくれたからだった。

 

スピリタスは飲めない。でも──

俺は、酒には強い方だ。
でも、スピリタスは無理だ。
あれは、神に愛された瞬間じゃないと飲めない。

ウォッカという名の馬は、酒のように強く、
ときに甘く、ときに苦く、でもいつまでも記憶に残る。

今も、どこかの酒場で言ってるよ。

「お前ら、ウォッカっていうとんでもない牝馬を、知ってるか?」

そして俺はまた、グラスを片手に、
その馬の“光の道”を語っているのかもしれない。

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