
旧朝里病院と444号室の幽霊たち──清掃系ホラーの真実
これは、実話だ。
ネットで「旧朝里病院」と検索してみてほしい。
検索候補には、しっかりと出てくる──「幽霊」「心霊」「廃病院」。
まってくれ。それは違う。
目次
旧朝里病院に「怨念」はない
旧朝里病院は、確かにいまは廃墟になっている。
だが、そこに血なまぐさい事件があったわけではない。
ましてや、呪いだの怨念だの、そんな話はまるでない。
あそこは整形外科だった。
骨を直し、リハビリ室では高齢者が笑っていた病院だ。
俺の友人の父親も、ここで働いていた。
白衣の背中はいつもまっすぐで、患者にも後輩にもやさしい人だった。
実にアットホームな病院だった。
移転、そして「空き家」へ
だが、時代の流れと共に、患者は都市部へ集中していく。
設備の老朽化もあって、病院は新しい建物へ移転。
旧病棟はそのまま「空き家」となり──誰の目にも触れぬまま、時間が止まった。
SNSの噂はなぜ生まれたか?
それから数年。
突如、ネット上で「旧朝里病院 幽霊」という噂が拡散される。
──おい、待ってくれ。
なんであんなに平和な場所に、地縛霊が生まれるんだ?
……でも、ある仮説が浮かんだ。
「もう一度、誰かに頼られたくて、幽霊がSNSで発信してるだけなんじゃないか?」
廃病院あるある:「片付けの放棄」
そもそも、廃病院ってなんであんなに散らかってるの?
「飛ぶ鳥後を濁さず」って言葉、知らないのか。
- カルテ → 棚にバサーッ
- 車椅子 → 廊下にガーン
- 診察室 → 台風通過後
そんな場所で生まれた噂がある。
「カルテを勝手に持ち帰ったら、後日電話がかかってきて──“カルテ、返して。”」
いや、ありえん。
なにその、ホラー版TSUTAYA。
カルテってそんな軽く借りていいもんだっけ。
「延滞金が発生します」とか言われるの?
そもそも、戦争とか爆撃とかじゃないんだよ?
ただの患者増加による都市移転だよ?
どこに霊的怨念があるというのか。
どうせその電話かけられた人さ──
「カルテじゃなくて、レンタルビデオ返してないだけでしょ」
なぜ幽霊が出る部屋は決まっているのか?
怪談には“出る部屋”のテンプレがある。
- 手術室
- 地下の霊安室
- 444号室などの不吉な病室
逆に絶対出ない場所もある。
- 院長室 → 気まずい?
- 売店 → 商売の邪魔したくない?
- 物置 → 興味ない?
そして、トイレ。
これは……花子さんの縄張りである。
トイレ怪談界において、花子さんはインフルエンサーだ。
許可なく勝手に出ていったら、業界的にバッシングされるのかもしれない。
花子さんの商売が成り立たなくなるから、他の幽霊は自粛してるんだと思う。
──それよりも、俺は未だに「地下の霊安室」ってやつを見たことがない。
あんな立派な設備、あるか?
そして、そんな病院が廃業するか?
手術室に関しては、きっとクレイジードクターでもいたのだろう。
それなら納得だ。
そして、特定の病室。
これがまた「幽霊が出る部屋だけ、なぜか掃除が行き届いている」なんて噂がある。
──そうか。
掃除は、新人の基本だ。
きっと幽霊だって、やることはやる。
新人幽霊が、雑巾持って、黙々と清掃してるのだ。
この検証から導かれる結論はひとつ。
特定の病室には、幽霊が出ても、まったくおかしくない。
むしろ、“出るべき”である。
ここからは俺の妄想となる 444号室の主:ゴーストA
問題の444号室には、ゴーストAが棲んでいた。
たとえ、444号室に幽霊が出るとしても──
最大の問題はそこではない。
どうやって、人を呼ぶのか? である。
これは真剣な課題だ。
幽霊だって、寂しい。会いに来てほしい。
SNSでバズって、TVerで取り上げられて、「マツコの知らない怪談」に出たい。
でも、そこには壁がある。
幽霊には縄張りがあるからだ。
トイレは花子さん。
音楽室はピアノ霊。
売店や院長室は誰も手を出さない不毛地帯。
そして、問題の「444号室」には──
引きこもりのゴーストA がいる。
外には出ない。廊下にも出ない。
もちろん、病棟YouTuberにも出てこない。
ただ、じっとしている。
ベッドの影で、スマホを片手に。
……いや、スマホじゃないな。
おそらくデスクトップ派だ。パソコン型の幽霊。
彼は毎日、生きている人間のSNSを見ている。
「どうすればバズるのか…」
「タグって、どこに付けたらいいんだ…」
「やっぱり最初の投稿文で9割が決まるのか…?」
分析し、比較し、スクショを撮っては削除し──
発信できない自分に悩んでいる。
いや、わかる。めっちゃわかる。
それ、俺もやってる。
だから彼は、今夜も発信できない。
ツイートボタンを押せない。
でも、通知欄だけは、めっちゃチェックしてる。
ゴーストAに、救世主が現れた。
昨日、交通事故で命を落としたばかりのゴーストBが、
偶然にもこの444号室に迷い込んできたのだ。
Aは咄嗟に、ベッド下から脅かした。
「……ウラァ……」
しかし、Bはまったく驚かない。
むしろこう言った。
「あ、先輩もおばけの方ですか?はじめまして!」
──同業者かよ。
Aは意気消沈。
でも、話を聞くと、Bもなかなか不遇な存在だった。
「私は、山のカーブで事故ったので、“峠・山担当”にされてしまって……。
でも幽霊初心者で、山の寒さが無理なんです。家があるって、いいですね」
それを聞いたA、急に優しくなる。
「お前、パソコンは得意か?」
「一応、生きてるときは……YouTuberでした」
Aの目が光った。幽霊なのに。
「おれ、バズらないんだ。この病室の怪談、マジで伸びない。
動画とか作れないけど、素材はある。頼む、バズらせてくれ」
Bは笑った。
「それやったら、ここにいてもいいですか?」
「もちろんだ!」
こうして、怪談界初のバズり系コンビが誕生した。
名前はまだないが、
今夜も444号室のベッド下では、2人が撮影会議をしているらしい。
ゴーストBの提案
事故死後、配属された“峠・山担当”。元YouTuber。
「職能がなくて、峠とか山に回される幽霊って、けっこう多いんですよ」
ゴーストBは、さも当たり前のように言った。
「洞窟担当」なんてポジションもあるらしい。
なんでも、幽霊界でも3K──暗い・寒い・キツい──らしく、恐れられている。
「Aさん、この部屋に30人くらい呼んでもいいですか?
インフルエンサー志望のやつ、いっぱいいるんです」
ゴーストAは、即答した。
「もちろんだ。使ってない病室、いくらでもある」
──こうして、怪談界のSNS革命が始まった。
30人の幽霊が、それぞれパソコンを開き、
ブログを書き、TikTokを回し、YouTubeでルームツアーを撮り、
夜な夜な「444号室からお届けします」と発信を続けた。
SNS系幽霊チーム、始動
ゴーストA&Bは、病室で撮影会議を始めた。
さらに──30人のSNS志望の幽霊が集まり、
清掃・配信・執筆にいそしむ。
病院は“怪談界のコワーキングスペース”と化した。
1ヶ月後──バズった。
クリック率50%。
コメント「こんな清潔な怪談、逆に怖い」。
ファボ「住みたいかも」
「……よくやってくれた」
「オレ、頑張ったっス」
除霊できないのは、やる気のせい
廃病院の幽霊は、なぜ除霊できないのか?
霊能者はよく言う。
「ここの霊は非常に強力で……私ひとりではどうにもなりません」
だが、それは違う。
今この病院にいる幽霊たちは、
たしかに“強力”かもしれない。
でもそれは、霊力じゃなくて、モチベーションの問題だ。
今ここにいるゴーストたちは──
3ヶ月前までは、誰にも見向きもされなかった存在たちである。
だが、パソコンを開き、ブログを書き、
タグを付けて、SNSでコツコツ発信してきた。
#444号室の真実
#清潔な怪談って逆に怖くない?
#幽霊だって発信力
そうやって、少しずつ、フォロワーを獲得し、
今ではテレビ局まで来るようになった。
そして今日──
ついに霊能者がやってきた。
Aは言う。
「おい、マイク、拾ってるぞ。さっきの“除霊する”ってセリフ、もう一回やってくれ。カメラ目線で」
Bは笑う。
30人の幽霊たちは、立ち退く気など毛頭ない。
だって今、注目されている。
注目されるって、気持ちいい。
人が来てくれるって、最高だ。
だから今日もラップ音が鳴る。
床がギシッときしむ。
病室のドアが「カタン」と閉まる。
あれは、やる気の現れである。
決して、成仏しかけてる音ではない。
忘れられた存在が、発信によって救われた
いろいろ調べて、取材して、潜入して、
SNSを見て、D○Mの心霊特番まで見て──
ようやく、俺は気づいた。
廃病院の幽霊たちは、決して祟るわけでも、呪うわけでもない。
ただ、見に来てほしかったのだ。
彼らは寂しかった。
忘れ去られ、物置扱いされ、
ラップ音を鳴らしても気づかれず、
病室を掃除しても、誰も感謝してくれない。
でも、SNSで発信しはじめて、世界が変わった。
インプレッションは伸び、テレビ局が来て、
ついに霊能者が番組用のコメントを出した。
「この病院の霊は……非常に強力で、私ひとりでは……」
違う。
強力なのは、彼らの“やる気”だ。
だが、勘違いしないでほしい。
節度なく騒ぎに来た人間には、それなりの“対応”がある。
彼らにだって感情がある。
誇りもある。
そして、金縛りの技術くらい、持ってるに決まってる。
無礼な態度を取れば、
廊下で一人きりのときに、背後から「……見てるよ」って言われるかもしれない。
油断しない方がいい。
──そんなことを考えていた夜、
「ブーン」と俺のスマホが震えた。
通知。
さっきまで誰ともやり取りしていなかったはずなのに。
まさか、444号室の誰かからじゃないよね……?
……俺、極度のビビりなんだよ。