
なぜ、競走馬は安楽死を選ばれるのか──サイレンススズカとリバティアイランドに寄せて
リバティアイランド。
2023年の牝馬三冠を達成し、日本競馬の希望とまで言われた存在が、突然この世を去った。
──クイーンエリザベス2世カップ。
発走直後、リバティアイランドは脚に異変を起こし、競走中止。
診断は「靭帯断裂」。そして、その場で「安楽死」という苦渋の決断が下された。
「なぜ、すぐに安楽死なんだろう?」
そんな疑問を持った人も、きっと少なくないはずだ。
けれど、それは──
馬にとって、最大限の「尊厳」を守るための、究極の愛情だった。
目次
なぜ、馬は「安楽死」を選ばれるのか?
馬は、人間と違う。
骨が折れたり、靭帯が断裂したりすると、立ち上がれない。
立てない馬は、生きられない。
馬の身体は、立ったままで血流や内臓機能を維持するように進化してきた。
もし、長時間寝たままだと──
- 肺が潰れる
- 心臓に過大な負担がかかる
- 体重で自分の内臓や骨を破壊する
あっという間に、全身が壊れてしまう。
仮に治療できたとしても、長期の激痛、歩行困難、感染症リスク……。
つまり、「延命=苦痛の延長線」になってしまう。
だからこそ、競馬界では、苦しみを与えずに「安らかに眠らせる」という選択肢を用意している。
それが──安楽死だ。
サラブレットが持つ悲劇
動物の中に馬というくくりがある。
馬には、サラブレットという種類がある。
ダーレーアラビアン
ゴドルフィンアラビアン
バイアリーターク
現代の世界中のサラブレッドは父系の血統をたどっていくと、たった3頭の馬にさかのぼることができる。
200年以上の品種改良をかさねたサラブレットは、馬の中で、スピードを追い求めた、まさに、スピードの芸術品だ。
ばんえい競馬の馬と比べたら、一目瞭然だ。
しかし、その芸術は、いつも死と隣り合わせと言っても過言ではない
桜花賞は、後方一気のマクリ。
オークスは、中断待機から、他馬を寄せ付けない、圧巻の走り。
秋華賞も、中断待機から、先頭でゴールを駆け抜ける。
秋華賞は、見送った。
損得抜きに、リバティアイランドを、応援したかった。
しかも、まだ、余力を残しているように、涼しい顔をしている。
本当に最強の牝馬だった
俺は、1番人気の馬は基本は買わない。
競馬の仕組みとして、1番人気を買い続けると、基本負ける。
これは統計学的に結論が出ている。
2023年の2歳牝馬のレースだけは、買いたくなかった。
リバティアイランドがいたからだ。
1番人気を買うと、統計学的に負ける
リバティアイランドを買わないと、現実的に負ける
行くも地獄、帰るも地獄だったよ
突然の悲報
yahooのニュースで、リバティアイランドの安楽死を知った。
yahooのニュースの写真だか、ここで、もう一度、乗せる。
彼女の瞳から、「ごめん、また勝てなかった」川田騎手に物語っているように見える。
クイーンエリザベスでは、彼女は、必死で走っていた。
あんな必死の走りは、彼女の走りではない。
骨折したら、バランスを崩し、騎手も落馬して、騎手も、大怪我をする可能性もある。
しかし、彼女は、川田騎手を守ったように思えた。
栄光と挫折なんて言わないでほしい。
彼女は、走り続けたのだから。
サイレンススズカ──伝説と悲劇
1998年、天皇賞・秋。
誰もが夢を見た。
──サイレンススズカ。
その圧倒的な逃げ脚、その異次元のスピード。
毎日王冠で、エルコンドルパサーでさえ、寄せ付けなかったサイレンススズカだ。
実況が、「どこまでも逃げてやる」これが印象的だった。
スズカは、まさに「天馬」だった。
だが、4コーナー。
突然、脚がもつれる。
左前脚粉砕骨折。
そして、静かに。
──安楽死。
それは、スズカを苦しみから救う、唯一の道だった。
関係者は泣き崩れ、ファンはスタンドで号泣した。
しかし、誰も、彼の尊厳を踏みにじらなかった。
「最強のまま逝った」サイレンススズカ。
それが、彼の誇りだった。
リバティアイランド──輝きと永遠
そして、リバティアイランド。
あの衝撃の競走中止。
「もしかして──」
嫌な予感が、すぐに現実となった。
靭帯断裂。
──回復の見込みなし。
安楽死。
関係者の、どれほどの苦渋だったか。
だが、リバティアイランドは、もう痛みも苦しみもない世界へ旅立った。
そこにはきっと、サイレンススズカもいる。
ふたりで、青空を、駆けているだろう。
でも俺は、サイレンススズカの天皇賞を動画で見ることはない。
そして、リバティアイランドのクイーンエリザベスの動画も観ることはもう、二度とないだろう。
悲劇を見たくないのではない。
サイレンススズカも、リバティアイランドもオレのなかでは、ヒーローで、ヒロインなんだ。
後の悲劇を知っていても、かっこいいレースを俺は見ていたい。
そんなことを思うと、ソダシが子供を産んだというニュースは、どれだけ幸せなことなのだろう。
リバティアイランドの血を残し、そしてその子供たちの走りを見たかった。
もう、涙が止まらない
命を賭ける──だから、競馬は美しい
競馬は、命を賭けるスポーツだ。
そして、命を、尊ぶスポーツでもある。
人間のエゴで延命することは、できる。
けれど、それは、彼らの誇りを奪うことだ。
サイレンススズカも。
リバティアイランドも。
誰よりも速く、誰よりも高く、夢を見せてくれた。
だからこそ、最期も、誇り高くあってほしい。
──それが、「安楽死」という選択だった。
ありがとう、リバティアイランド。
ありがとう、サイレンススズカ。
あなたたちは、いつまでも俺たちの心の中を、走り続ける。
桜花賞を勝つと、無条件で、繁殖牝馬になれる。
多くの牝馬が、繁殖牝馬になれるわけではない。
それほど、桜花賞というのは、重みのあるレースなんだ。
その同期のエリートを、カンタンに負かしたリバティアイランド。
彼女の遺伝子を、後世に残したかった。